割り算のできない青年が、借金を背負って大学に行くという話

割り算のできない主婦に関連して、割り算のできない学生の話。

整数の割り算ができない大学生たち

先日、「200円の商品を3割引きで買うといくらか?」が計算できない主婦が話題になった*1。実は、私もあのような例を知っている。ある有名なFランク大学での話だ。

学生時代、興味本位でFランク大学の授業に潜ったことがある。何の授業なのかもよくわからないが、教授がおもむろに「1億円を100万人に配ると1人いくらか」と質問した。社会保障の話だろうか、富の再分配の話だろうか。私は、この質問の意図を考えていた。しばしの沈黙の後、ある学生が「1万円です」と答えた。

当然間違っているのだが、何を勘違いしたのか、何かの冗談なのか、私にはよく理解できなかった。教授がため息をつきながら「馬鹿かお前は」と言い、「ほかに答えられる人は?」と問うた。次の生徒が「10万円です」と答えた。ようやく、冗談ではなく本当に計算ができないのだと気づいた。

分数の足し算ができない大学生がいるという話は聞いたことがあったが、それがこの人たちなのである。分数の足し算が特別に難しく、分数の足し算だけできないという話ではない。整数の割り算もできないし、おそらくほかの四則演算もまともにできないのだろう。何なら、冒頭の「200円の商品を3割引きで買うといくらか?」に答えられない可能性がある。

教授が、黒板に大量のゼロを書いて、1つずつスラッシュで消して見せた。大学の授業で、整数の割り算が解説されているのである。不思議なことに、授業中にスマホをいじっている人はほとんどいないし、みんな熱心にノートをとっている。授業態度だけ見れば、一流大学よりもよさそうである。

Fラン大学は、金持ちの道楽ではない

私は、分数の割り算ができない学生などというのは、もっと特殊な学生だと思っていた。金持ちの息子が道楽として大学に通うとか、実家の農家を継ぐ予定だが一応大卒になっておきたいとか、そういうものを想像していたのである。しかし、現実のFランク大学の学生は、ごくふつうの庶民のように見えた。実際、奨学金を背負って進学している人も多かったはずだ。

さらに、この大学は厳密にはFランク大学ではない*2ので、日本には、この大学よりレベルの低い大学がまだまだあるということになる。この大学だけが、特別にレベルが低かったというわけではない。

平凡な若者が、四則演算を学ぶために借金を背負う

残念ながら、小学生レベルの算数ができなければ、物理学や経済学を学ぶことはできない。常識的な範囲で類推すれば、法律や社会学だけに実力を発揮するということもなかろう。つまり、彼らが大学で学んでいるのは、小学生レベルの数学や、アルファベットの書き方なのである。その一端が、私が目撃した授業風景だったのだろう。

奨学金を借りて大学に行けば、卒業後に400~500万円ほどの借金を背負うことになる。数百万円程度の借金は、大手企業の総合職なら苦労せずに返済できる。外資の一流企業に入れば、1年目で完済できる。しかし、Fラン大学の学生は、この金額を返せるだろうか。もし、私が企業の採用責任者だったならば、整数の割り算ができない候補者を、最低賃金より高い金額で雇うことはできない。この学生たちが、十分に高収入な仕事に就ける可能性は低いのではないかと思う。

奨学金問題は、何が問題なのか

奨学金を返せないのは、真面目に授業を受けなかったからとか、真剣に就活に臨まなかったからとか、そういう理由ではなさそうだ。Fラン大生は、真面目に勉強するために授業に出ているし、就活にも真面目に望んでいるだろう。おそらく、自分たちが小学生レベルの勉強をやっているとは思っておらず、"大学レベル" の勉強に真剣になっているのだと思う。

問題はもっと深いところにあると思う。奨学金を借りてFラン大学に通っている学生の多くは、整数の割り算ができないから、500万円の奨学金を何年で返せるかを計算できない。整数の割り算ができない人は、統計なんてもっとできないだろうから、高卒と大卒の平均年収が100万円違う、の意味を理解できるはずがない。

ここにきて、奨学金問題の何が問題なのかが見えてくるように思う。学費だとか大学進学率だとか世帯年収だとか、そんな表面的なものではない。

自分には計算すらできないような「大金」を借りていることが問題なのである。もっと根本的には、本人には計算すらできないような金額の借金を、大学に行くことだけを理由に借りられてしまうところにあるのではないだろうか。

勉強とは、どうあるべきか

私は、もっと学びなおしの機会を与えられるべきだと考えている。いわゆるエリートたちの中には、大学院に行きたいと言っている人も少なくない。社会に出て初めて、学問の面白さに気づくことはあると思う。そういう人たちが自然に大学に戻り、そしてまた就職するという状態になれば、非常に好ましいと思っている。

同じように、小学校の勉強で躓いてしまった人には、もう一度小学生をやり直せる機会を与えてほしい。少なくとも、18歳以上だからという理由で、何百万円もの借金を抱えなければ学びなおしの機会を得られないというのは、健全ではないように思う。

*1:割り算ができない専業主婦(追記 2020/08/16 14:49)

*2:ボーダーフリーランクとは、河合塾が定義している受験用語なのだが、何年も定員割れが続いていることなどが含まれており、この大学には当てはまらない。この大学は、ボーダーフリーランクよりもレベルの高い大学だということになる。