IRミーティングの議事録を開示すべきか

質問箱でいただいたテーマについて。長くなりそうなのでこちらで。

いただいたご質問

学生です。フェアディスクロージャーで歴史的に2010年代半ばくらいまで行われてたセルサイドのプレビュー取材みたいに決算発表前にセグメントごとの数値聞いたりは明確にアウトとされたのは当然だと思います。

ただ現在でもセルや大口の機関投資家のみが公開資料に開示されてない細かいことや最新の状況を質問したりして結局業績予想をより精度よくするための情報に現実的にアクセス出来てしまっていると思います。

僕は少なくともスモールミーティングや1on1の議事や質疑応答を全上場企業がすぐに公開するのがフェアだし不正を防ぐには重要と思うんですが、ネルさんの考えはいかがでしょうか?

論点の整理

いただいたご質問には、いくつかの論点が含まれている。1on1などで業績予想に資する情報が開示されているのではないか、それを公開しないのは不公平でありFDルールに反するのではないか、というものである。この2点には回答していきたいと思う。ただ、それ以前の情報として、IRの機能についても補足が必要なように思う。

なお、ここでは、時価総額1,000億円~1兆円くらいの企業を想定して記述する。IRの専任担当者がいない小規模な企業や、一部のラージキャップにおいては状況が異なるだろう。

業績予想の精度が上がる情報を提供しているか

結論から言えば、そんな情報は提供していない。IRミーティングで提供される情報のほとんどは、すでに公開されている情報だと思われる。

企業の公開情報には、IR情報に加えて、採用サイトや顧客向けのパンフレット、メディアのインタビューで答えた情報など、様々なものがある。各種情報ベンダーや、規制当局が公開している情報なども含めると、企業に関する重要な情報は、そのほとんどが一般公開されている。IRミーティングの内容は、これらの膨大な情報によってほぼカバーされる。

そもそも、投資家の中には、IR資料すら読んでいない人も多い。どのくらい多いかというと、8割くらいである。開示資料を読んでいないと素直に白状する投資家が全体の2割程度、その場で読んでいたり取り繕ったりする投資家が全体の6割程度である*1

残り2割の投資家は、IR資料は読んでいることが多いが、「公開情報」という括りになると把握していないことも多い。公開情報の大部分を把握し、内部者に聞かないとどうしても分からないような論点を中心に議論をする投資家は、多めに見積もっても2-3%くらいだろう。

IR側としても、開示されている情報をすべて把握してから来い、と思っているわけではない。公開情報が非常に膨大であることは、IRの担当者自身が一番よく知っているからである。IR担当者にとっても、自社の膨大な公開情報を把握することは容易ではなく、そのために相応の苦労をしている。

言い換えると、IR担当者は、自分の仕事を、すでに公開されている情報を整理して、多忙な投資家に分かりやすく説明する仕事だと捉えていることが多いと思う。自社の株式を投資家に売り込む仕事だと思っている人もいるようだが、個人的にはこの考え方には懐疑的である。営業職だと考えてしまうと、悪い情報を提供しようとせず、良いことばかり言うようになってしまう。それは健全ではない。

いずれにせよ、IRの仕事は、特別に有用な情報を提供する仕事ではないし、まして、未公表の重要情報を仲の良い投資家にコソコソと伝える仕事ではない。

なお、IRは対人業務であるため、投資家に気持ちよく帰ってもらうことを重視している人は多い。公開されている情報を聞かれても、いやな顔1つせずに丁寧に説明する人もいれば、どうでもよい情報を聞かれたときに、「鋭いご質問ですね」という人もいると思う。全員に話している情報を「ここだけの話」と言って演出する人もいるだろう。そのあたりの演出は、ほかの対人業務と同じであり、本心ではない。*2

非公開情報について

前述のように、IRミーティングで提供される情報のほとんどは、すでに公開されている情報である。残りの一部を占める非公開情報について整理する。

IRミーティングで開示されるが、一般には公表されていない情報は、大きく分けると4種類ある。(1)漠然とした質問、(2)ESGなどの新興論点、(3)重要でない情報、(4)諸事情により開示できなかった情報。

(1) 「長期的にはどの事業を伸ばしていくつもりか」といった質問である。漠然とした未来の質問であることが多い。未来のことは内部者にも分からないので、その場のノリで適当に答えている人が多いと思われる。そもそも、会社として重要かつ正式な方針は、決算説明会などですでに公表されているはずである。そこで説明されなかった部分について、内部者の意見を聞いたとしても、あまり意味はないように思う。

(2) 端的に言えば、不明な情報である。例えば、CO2の排出量などが分かりやすい。大手の製造業などであれば把握している企業も多いだろうが、サービス業や中堅企業だと集計していないことが多い。こういう論点は、データがないので開示されていないし、聞かれても答えられない

(3) 重要な定量情報は、すでに開示しているか、開示できないとはっきり答えるはずである。(3)に該当するのは、管理会計上、いちおうは計算しているが、経営層や事業責任者は注目していない、正直に言うとどうでもよい情報である。参考までだが、若手のアナリストはこういう情報を好む傾向があり、提供するとありがたがるらしい。IRは、滅多に他人からお礼を言われない仕事なので、この手の情報の提供が、数少ない感謝されポイントとなる。知らんけど。

(4) こちらについて掘り下げるためには、IRの立ち位置を把握しておく必要がある。大半の企業において、IRの社内的地位は低いため、情報を開示するためには各部署に「お伺い」を立てる必要がある。IRとしては開示したほうが良いと思っているが、何らかの理由で他部署に反対され、せめて口頭で伝えるのは許してくださいと許可をとった情報が、(4)に該当する。重要だから開示されていないのではなく、単に他部署との折り合いがつかなかった情報という意味合いが強い。顧客や競合に知られたくないという理由ならまだしも、開示する意義が分からないといって切り捨てられることもある。

IRミーティングでしか聞けない情報とは、主に(3)と(4)のことを指していると思われるが、これらによって業績予想の精度が上がるとは考えづらい。少なくとも内部者目線では重要な情報ではないし、連続性がないことも多い*3ので、場合によってはミスリーディングにすら思える。

IRミーティングの内容を公開すべきか

結論としては、IRミーティングの内容を公開する意味はあまりない。なぜなら、前述のように、IRミーティングで提供されている情報のほとんどは、すでに公開されている情報か、どうでもよい情報だからである。

唯一そうではない可能性のある(4)については、議事録が一律で開示されるようになったら、そもそもIRミーティングでは答えなくなるだろう。

もちろん、意味がないとしても公開すべきだという意見もあるだろうし、個人的には公開することに賛成である。しかしながら、主に発行体側の事情で公開するのが難しい。

まず、議事録を公開しようとすると、整合性をとるのが難しいのである。というのも、IRミーティングにおいては、間違った回答をしているケースが少なくない。知っている情報を知らないと答えてしまったり、単に間違えて伝えていたり、補足すべきことを補足し忘れてしまったりするケースである。いずれも意図的なものではないが、投資家との関係性がよほど良好でない限り、わざわざ訂正もしないと思う。

また、件数の問題もある。四半期に2-3件しか面談がない会社は、議事録を公開すると、2-3件しか面談がなかったという事実も公開されることになる。逆に、四半期に100件の面談を行っている会社は、毎日2-3件ずつの議事録を遅滞なく開示しなければならないので、工数的に難しい。発行体としてスムーズに開示するためには、程よい面談件数である必要がある。

さらに、質問が似たり寄ったりであるという問題もある。IRミーティングというのは、議事録を取り忘れた担当者が、別の回の議事録をコピペして提出したとしても、上司に気づかれない程度には似たり寄ったりである。すべての会議の議事録を公開したとしても、重複だらけで読みづらくなってしまう可能性が高い。

以上を踏まえると、四半期の終わりに、今四半期によく聞かれた質問を整理して開示するのが、ギリギリ有用なラインだと思われる。即効性はないが、開示されないよりはマシだし、前述した各種問題も解決できる可能性が高い。社内向けにはすでに作っている会社が多いだろうから、フォーマットを整えれば、開示するために必要な追加的な工数も少なくて済む。

なお、IRミーティングと決算説明会では性質が異なる。決算説明会については、それなりに準備されていることが多いので、プレゼンテーションや質疑応答を公開する意義はあるように思う。

まとめ

IRミーティングで扱っている情報は、公開済み又は重要ではない情報が中心であるため、非公表の重要情報を対象としたFDルールは適用されないし、ご質問いただいたような不公平性もない。

一方で、不公平感があるのは事実だろう。不公平感を縮小するためにできることとしたら、個人投資家向けの説明会を実施することや、四半期末などに頻出QAを開示することなどが挙げられると思う。それができていないのは、正直に言って発行体の怠慢だと思う。

ただし、IRの部署にできることにも限界がある。この記事でも書いたとおり、IRの社内的地位は非常に低い。IRが会社から求められることは、「株価を上げろ」のような無理難題か、そうでなければ工数の削減なのである。IR部が追加的な工数を使う提案をしたとしても、社内から賛同を得られないことが多いだろう。反対を押し切って、各種利害関係者と調整をしてまで、新しい施策を実現しようとするような意識の高いIR担当者は少ないと思う。

そもそも、IRの魅力は、WLBが良いことと、個人投資家として動きやすいことくらいなのである。ナチュボンたちは失礼な人が多いし、社内の地位は低いし、要求される能力のわりに給与は安い。そんな職場で意識高く働こうというのは不可能だろう。意識高くIRをやる人がいるとしたら、IR部が経営層への登竜門となっているような会社くらいだろう。そういう会社であれば、何かしら新しい試みをしている会社もあると思う。

まとめると、FDルール上は問題ないし、大した話はしていないので開示する意味もないが、四半期ごとの要約くらいは開示してもよいのではないか、というのが私の所感である。

*1:投資家の中には、「資料を読んでいても、改めて説明してほしい」と言う人がいる。ただ、資料を読んだうえでその質問をしているのか、読まずにそう言っているのかは普通に分かる。資料作成の仕事をしたことのある人なら分かると思うが、自分の作った資料を相手が読んでくれているかどうかは、非常に分かりやすいものである。

*2:営業畑の人がIRを担当することがあるのは、こういう部分に共通点があるからである。

*3:営業部門の社員は、あくまで予算対比で業績を捉えていることが多く、経年比較のできないデータを使っていることが多い。前年とすら比較できないデータも少なくない。